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製造業で進むDX。DMG森精機が仕掛ける新規事業とは
新規事業×DXを積極的に仕掛けるDMG森精機の取り組みとは?
ビジネスにおいて、デジタルトランスフォーメーション(DX)という言葉は、聞かない日がないほど社会に浸透してきました。日本では、2018年に経済産業省から「デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX推進ガイドライン) 」(現在は「デジタルガバナンス・コード」に名称変更)が発表され、企業においても経営改革のテーマとして積極的に取り扱われるようになりました。
そして近年、DXの推進は、日本経済の屋台骨である製造業にも目が向けられてきています。その製造業のDX推進の代表格として挙げられるのが、大手工作機械メーカーの一角を担うDMG森精機です。
DMG森精機は社内向けのDXだけでなく、新規事業としてDXを活用し、積極的に取り組みを推進しています。ここでは、DMG森精機がDX推進を積極的に行うに至った背景やこれまでの歩みについて解説するとともに、新規事業×DXの取り組みから得られる示唆についてまとめています。
目次
DMG森精機はどのような企業か?
さて、改めましてDMG森精機とはどのような企業かご存じでしょうか?
DMG森精機は工作機械の大手企業の一角を占めており、2021年の売上高は3,960億円となります。
2009年にDMGブランドで知られた欧州大手の独ギルデマイスターグループと資本提携を行い、2013年に提携強化の一環で社名をDMG森精機へ変更。ギルデマイスター社もDMG MORI SEIKIへと社名を変更したのち、2015年にDMG森精機による株式公開買い付け(TOB)で、DMG MORI SEIKIは子会社化され、両社が統合した、という背景があります。
同社の主力製品は、2010年代頃からの工程集約機に対する顧客ニーズに対応してきた5軸加工機・複合加工機です。これまで各部品を旋盤や研削盤など別々の機器で加工していた工程を、1台に集約することで、工程時間の短縮や消費電力削減を実現します。こうした5軸加工機・複合加工機がおおよそ売上高の60%を占めています。
どのようにしてDX推進に動き始めたのか?
同社のデジタル化への取り組みは、非常に早く、20年以上前に遡ります。
1948年に奈良県で創業した同社(創業時、森精機)は、早くからグローバル化に目を向けており、1980年代にはドイツや米国に拠点や工場を立ち上げています。そして、2000年には、デジタル技術を活用したソフトウェア開発、機械設計や構造解析を行う機能として、米国にデジタル工学研究所(DTL)を設立しており、このあたりから、同社のデジタル革命が始まったと言えるでしょう。
そして同社のデジタル化は、先に述べたドイツの工作機械メーカーであるギルデマイスター社との業務資本提携、そして同社との完全経営統合を果たしたことでさらに加速します。経営統合で欧州でのシェアも獲得した同社は、グローバル化を加速させる一方で、業界内での競争優位性を確保するために生産プロセスの統合・効率化に注力しており、このようなグローバルでの競争において事業のデジタル活用は不可欠な要素になっています。
また、森雅彦代表取締役社長兼グループCEOは、同社の目標について「お客様にとって一番の工作機械メーカー、そしてトータルソリューションプロバイダへ」と述べており、同社が単なる工作機械メーカーという枠を超えて、その時代の顧客ニーズ等を的確に捉えたサービスソリューションを提供する存在であることを表しています。
DMG森精機は約10年ごとに起こる社会的ニーズの大きな変化に応じて、ビジネスモデルを発展させ、提供する製品・サービスを進化させて成長してきました。同社が定義する発展ストーリーでは、2020〜2030年の10年間は「自動化・デジタル化・AI+脱炭素化」です。まさにDXは経営戦略の真ん中に位置するものであり、同社の成長にとって、必須の要素となっていることがわかります。
DMG森精機の「新規事業×DX」
同社は、前述したように工作機械の製造販売企業から、トータルソリューションへの転換を狙っています。その実現のために、顧客のビジネスをデジタルとリアルの両面でサポートする体制の構築に力を入れています。
よくある社内の業務効率化のためのDX活用に留まらず、DXを活用した新規サービスの創出を行っている点が、DMG森精機の特徴です。
具体的には、工作機械が稼働する周辺の工程(搬送や検査など)や、工作機械を販売した後の教育、設備管理など、顧客の製造高度化を支援するための様々なサービスを立ち上げています。
それぞれ事例を見ていきましょう。
事例1: 製造業のデジタル化を支援する上流サービスのテクニウム
同社は、2018年1月に、野村総合研究所(NRI)とともに、デジタル技術を用いて、工場等における生産設備の高度な活用を支援するシステム・サービスを専門に提供する新会社「テクニウム」を設立しました。
新会社を設立した背景には、製造業の現場で従来から使用される工作機械などへのデジタル技術の導入を促進したいという狙いがあります。
デジタル化の波は製造業にも押し寄せており、AIや IoTなどを活用した技術の重要性が一段と高まることが予想されます。このような製造業のデジタル化に向けた大きな環境変化に適用することができるサービスを提供するために、先進的なサービスや仕組みづくりに長けたNRIとタッグを組み、新会社設立に至ったようです。
テクニウムでは、顧客専用のポータルサイト「my DMG MORI」の開発・提供を行い、顧客の課題解決や教育支援を目的としたスキルアップサービスや、必要なパーツを選定・注文することができるサービス「パーツセレクター」などを提供しています。
”「工作機械を販売して終わるのではなく、“納入後”もデジタル技術を活用しながらお客様の業務を効率的、効果的にサポートして工作機械を基点とした新しい価値を生み出すことにチャレンジしています。」”(※1)と、同社の澤田COOはコメントしています。
事例2: 製造現場向けプラットフォームの販売会社Tulip
同社は、2020年9月に、米国Tulip社が開発した、製造現場向けのプラットフォーム「TULIP」を日本国内で販売する新会社「株式会社T Project」の設立を発表しました。
TULIPは、製造現場のさまざまな課題をデジタル化により解決する、製造支援アプリケーションの作成プラットフォームです。プログラミングの専門知識が無くても活用できることが特徴で、作業手順書や品質管理、機器モニタリングなど多様な機能を持つアプリケーションを、簡単に作成できるというものです。
このプラットフォームは、製造現場の計測機器や既存システムなどとも連携できるので、現場主体の工程改善やデジタル化への取り組みにも適しています。
なお、このTULIPは同社の欧州最大の生産拠点であるドイツ・バイエルン州のフロンテン工場にも導入されており、加工機や計測機器、既存システムなどとも連携していくようです(※2)。
事例3: AI・IoT・クラウドの先端技術を活用したDXを支援するWALC
同社が行う最新のDXへの取り組みとして注目されているのが、2022年4月に設立され、同年7月に開所された新会社「WALC」です。
WALCの前身は、DMG森精機がIT人材の育成を目的として、2017年に社内に設立した「先端技術研究センター」で、技術者の育成が一定程度進んだため、ソフトやシステムを販売する組織づくりの第一歩として、設立されました。
DMG森精機の発表によると、WALCは「AI・IoT・クラウドコンピューティングを中心とした先端技術を用いて、製造業のDXを推進するソフトウェアサービスを開発・提供する」会社であるとされています。
WALCでは、同社の自律走行ロボットの自動運転と高精度把持を行う「BR Controller」、 工作機械の予兆保全を行うヘルスモニタリングサービス「WALC CARE」、画像自動認識技術を用いて基板や外観の検査を行う「WALC VISION」、人の作業や機内の状態などを人間の代わりに分析する「WALC EYE」、 文章データから知見を引き出す「WALC COMPREHEND」などのサービスの開発・提供を行うことが発表されいます。
同社は2030年までにWALCへおよそ100億円を投資することをメディアに発表しています(※3)。DMG森精機のこれからのデジタル革新を担う存在といえるでしょう。
DMG森精機の新規事業×DXのポイント
それでは、ここまで見てきたDMG森精機の新規事業×DXのポイントをまとめました。以下3つの示唆があると考えています。
1. 自社のコア事業とのシナジーある周辺領域で立ち上げる
新規事業×DXとはいえ、どのような分野を立ち上げてもよいわけではありません。あくまで自社のコア事業とのシナジーがある周辺領域で立ち上げていることがポイントの1つです。
DMG森精機の場合は、従来、工作機械の販売で顧客との接点が終わってしまっていましたが、製造現場において、顧客の課題は周辺に数多く存在します。顧客の課題を解決するソリューションプロバイダに転換するには、こうした様々な顧客の課題を見つけて、解決していく必要があります。そこで非常に有用なツールとなるのがDXということになります。
工作機械導入後の教育や、設備の管理は、工作機械を効率的に使いこなすことにも繋がり、稼働率向上や生産性向上にも繋がるでしょう。間接的に自社製品の生産性をUPさせることになります。工作機械の予兆保全は、適切なタイミングでのメンテナンスを促し、設備の故障を防ぐでしょう。
このように、周辺サービスを手掛けることで、自社の主力製品にも良い影響が出ることが想定されます。
2. オープンイノベーションの活用
2つ目のポイントはオープンイノベーションです。
DXのような新しい取り組みは、自社のコア事業と他分野の融合領域や周辺領域であることが多いでしょう。そうした場合に、自社だけのリソースでは専門性・知見が足りない可能性があります。
DMG森精機が立ち上げた新会社の3つの内、2社には、NRIとTulipというパートナー企業がそれぞれいました。このように、スピーディーに新規事業×DXの取り組みを立ち上げるには、外部リソースの有効活用が重要になるでしょう。
3. 社内ベンチャーにして切り離して意思決定を早くする
2のオープンイノベーションにも関連しますが、こうした新しい取り組みを行う場合、既存の組織の中で行うと、様々なしがらみや、既存の商習慣が妨げになる可能性もあります。
日経クロステックの記事(※3)では、「大企業では有望な開発テーマであっても稟議の過程で潰されてしまうことが多い」というDMG森精機代表取締役社長兼ウォルク代表取締役会長の森雅彦氏のコメントが紹介されています。
特に、DX領域はAIやIoTを活用した新しい技術やビジネスモデルが次々に誕生します。そのため、これまで以上に事業立ち上げ、そして事業を展開していくためのスピードが求められるでしょう。意思決定を早くするために、スピンオフベンチャーの形にして、意思決定までの階層を減らす工夫は大変興味深いものです。
今後も、様々な企業でDXを活用した新規事業が検討されるでしょう。こうした示唆が事業企画検討の参考になれば幸いです。
参考文献:
※1 テクニウムが目指す新たなビジネスモデル ~工作機械に関わるお客様をサポートする「新たなパートナー」に~, NRI Journal(リンク)
※2 DMG森精機、欧州最大工場に自動化モデル工場, 日本物流新聞(リンク)
※3 DMG森精機が社内発のITベンチャーに投資100億円、製造業DXに期待, 日経クロステック(リンク)
【v181】
執筆者
- SIer・ITコンサルファームでのキャリアを積む。大規模システム刷新プロジェクトにおける業務要求定義からシステム導入運用まで幅広いフェーズや大企業でのDXにおけるPgMOのリーディングや実務をこなす。業務・IT双方へ精通し、関係者との迅速な関係構築のうえ、両面からの業務改革支援に強みを持つ。
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